佐藤優『国家の罠』

(4月11日、12日、13日、14日、17日、20日、25日、26日、5月3日、4日、12日、13日、16日、22日、6月8日、13日、9月24日、10月31日、2006年1月15日、5月10日追記・修正あり。4月14日エントリのタイトル変更。)
※誤って各所にトラバを送りつけてしまいました。すみません。もちろん削除していただいて構いません。(2006年5月10日記す。)
国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて関連。(参照:id:hmmm:20050402#p2)


文中で参照されている主要書籍

抜き書き

情報屋

情報はデータベースに入力していてもあまり意味がなく、記憶にきちんと定着させなくてはならない。この基本を怠っていくら情報を聞き込んだり、地方調査を進めても、上滑りした情報を得ることしかできず、実務の役にたたない。(p.189)

私なりに調査したところ、三井物産の対露情報の手法は明らかに満鉄(南満州鉄道)調査部の伝統を継承しているという印象を得たのだった。(p.189)

できるだけ貸しをつくり、借りをつくらないというのが情報屋の職業文化だ。(p.189)


捜査における自分と弁護団との間の情報共有の度合いに関して:

私が要請したのはクオーター化の原則である。この原則は情報の世界では当たり前のことであるが、全体像に関する情報をもつ人を限定することである。知らないことについては情報漏れはないので、秘密を守るにはこれが最良の方法だ。(p.228)

獄中生活

戦前、無政府主義者大杉栄が「一犯罪、一語学」といって獄中で各国語を次々とマスターしていった…。(p.262)

保釈と拘留

 現状では、罪状を認めない被告人を検察は極力拘置所にとどめようとする。

 国際スタンダードでは、このような「人質裁判」が横行するのは国家権力が弱っていることの証左である。強い国家は無理はしないものだ。(p.371)

「時代のけじめ」としての「国策捜査

佐藤優氏の見立て。

 小泉政権の成立後、日本の国家政策は内政、外交の両面で大きく変化した。森政権と小泉政権は、人脈的には清和会(旧福田派)という共通の母胎から生まれてはいるが、基本政策には大きな断絶がある。内政上の変化は、競争原理を強化し、日本経済を活性化し、国力を強化することである。外交上の変化は、日本人の国家意識、民族意識の強化である。

 この二つの変化は異なる方向を指向しているので、このような形での路線転換を進めることが構造的に大きな軋轢を生み出す。この路線転換を完遂するためにはパラダイム転換が必要とされることになる。

 鈴木宗男氏は…現在日本で進行している国家路線転換を促進するための格好の標的となった。鈴木氏をターゲットとしたことによって、二つの大きな政策転換が容易になったと言っても過言でない。…そして今回の路線転換がこのまま進めば、同一土俵上の軌道修正ではなく、ゲームが行われる基盤自体を替えるパラダイム転換を引き起こす。「鈴木政治」を断罪することで、パラダイム転換に向けての流れが一挙に加速したように、私には見える。(p.293-297)

なんかヘーゲリアン。しらんけど。

ただし次のように付け加えるところが佐藤氏らしい。

 このような私の見方に対して、[担当検事の]西村氏は一応の理解を示したが、内政上の「時代のけじめ」に関する説明に較べれば、[外交上の「時代のけじめ」に関する説明は]腹にストンと落ちなかったようであった。(p.297)

脇役(というかちょい役)たち

 [イスラエルのロシア専門家]ゴロデツキー教授の奥さん、スーザンさんは生粋のイギリス人であり、もともとオックスフォード大学でE.H.カー教授の助手をつとめ…。(p.144)

 かみそりが紛れてしまわないように独房の番号と氏名が記されているのであるが、ある日、間違えて「三十一房、誰某」と書かれた電気カミソリが私の独房に差し入れられた。これで私は隣人の氏名を知ることになった。
 三十年以上前、共産主義革命を目指して大きな事件を起こした人物だった。この事件については、当時の警察関係者が手記を書き、それが映画化されたり、種々の評論にもでており、この事件をモデルにした小説もいくつも書かれている。

 保釈になった後、私がいちばん最初に買い求めた本はこの隣人の書いた獄中手記だった。その本の中で、隣人がソ連・東欧崩壊を真摯に考察し、自らの過去にそれを重ね合わせ、新しい世界観を作ろうとする努力が感じれられた。私もモスクワ国立大学と東京大学で、哲学や思想に関連する講義をしていたので、隣人の思索が過去の哲学・思想史の成果を踏まえ、とても真剣で、高い水準のものであることがわかった。(pp.365-369)

ネタ

 西村検事に対しては、逮捕されてから比較的早い段階で、本件捜査に関して四点のこだわりを伝えた。
 第一は、国益、つまり日本外交にあたえる悪影響をミニマム化することである。…第二は、特殊情報に関することが表に出ないようにすること。…第三は、私の「チーム」メンバーに犠牲者をこれ以上拡大しないことである。第四は、私の事件を鈴木宗男氏逮捕の突破口にしないことである。
 第一、第二点については、検察も外交や特殊情報の点で国際問題を引き起こすことは望んでいないので検察との間で手を握ることができるとの感触を得た。

 第三の「チーム」メンバーに被害を拡大しないということについては、「それはあんたの供述次第だ」という反応で、第四の私の事件を鈴木氏逮捕への突破口にしないということについては、検察は鈴木氏を捕まえるのが目的なので、当然のことながら私のこだわりに配慮する返答は得られなかった。すべては想定の範囲内である。(pp.229-231)

関連リンク

id:kaikaji:20050414#p2:本書の価値

この本の真の価値は、秘密情報の威力も限界も知り尽くした著者が、外交という分野で行われていることを論理的に理解するためのモデル、という「市民にとっての教養」を提供してくれるところにある…。


id:gachapinfan:20050413#p1:外交路線、政官関係、官僚組織としての外務省


http://bewaad.com/20050417.html#p01:外務省という組織、鈴木宗男氏、検察と「世論」と「国策捜査」、「構造改革」への傾斜と排外主義的ナショナリズムへの転換についての現役官僚の視点と参考情報


id:shinichiroinaba:20050417#p1
コメント欄より:

manstein
『ご存知だとは思いますが、背景説明としてはこの本が大変充実しています。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4773628154/qid%3D1113702427/249-8512799-0641908

A different perspective.


id:haruo7:20050506:p1:外務省内部闘争、個別政治家の外交観の変化、国益を害する「民意」


id:kamayan:20050501:1114892490:外務省の3潮流について抜き書き


id:eirene:20050417#p1
コメント欄より:

eirene
『(略)読みどころは多いですが、とりわけ印象深いのは、佐藤さんの職業倫理です。自分の仕事を、自民党における政治闘争内部における成否ではなく、広く歴史全体のなかに位置づけるという視野。私が思うに、佐藤さんがクリスチャンであることと、無関係ではないですよ。本の中には、キリスト教信仰の話はほとんど語られていませんが、そう思いました。(略)』


http://takeyama.jugem.cc/?eid=228:フロマートカ自伝(下記「佐藤優氏理解のために」参照)と『文學界』6月号インタビューにも言及

彼の思想的背景を僅かながら知ってみれば、『国家の罠』に綴られた悲喜劇は、「官僚と信仰者」「国家的価値と宗教的価値」という、いっけん相反するかのようにみえる概念を両立させんとする希有な挑戦として読むことができる。


オンライン日記(5月14日(土))

あとがきに「『精神現象学』からは、当事者にとって深刻に見える問題が、学術的訓練を積んだ者にとっては滑稽に見えることもあるという、ユーモアの精神を学んだ」とある。『精神現象論』については他にも記述があって、著者のダンディズムが、この種の重複を許すのはなんとなく違和感があったが、更に個々では「ユーモア」と付言されている。なにか含意があるような感じがするが気のせいだろうか。


http://sc2005.bblog.jp/entry/175553/

 と、長々と本書及び筆者の賛辞を述べてきたが、私自身は(ネット上などで見る)本書の肯定的読者とは異なり基本的に本書と筆者に対して手放しで拍手は送れないと思っている。以下で本書(および筆者)の問題点について書いていく。(※かなり引用も多用しているので注意)

 本書の問題点は、共通する特徴を有しているように思われる。すなわち、著者によるバイアスが掛かっているということだ。もちろん、個人の手記であるのだから著者自身の観点で書くのは当然だ。しかしながら、事実の説明として書かれている箇所ではできる限り客観的な記述が求められるし、また、著者個人の考えや解釈を書く場合も他のあり得る考えを考慮する必要がある。情報分析官としてロシア政治などに対する冷静な情勢判断を披瀝している著者にはこの種の注意が必要なのは分かっているはずだ。であるにもかかわらず、自己弁護的な方向へのバイアスが掛かっている点がしばしば見受けられる。


id:pantomime:20050518:1116343012

佐藤さんはこれほどの頭脳を持っているのであるから、こうしてただ単に一般向けに出版するとは、私は考えることができません。そう、「ただ単に」一般向け図書としては、ね。つまり、「誰かへのメッセージ」がどこかしらに隠されているのではないかと。その筋では知られていること(これは『日露外交』の記述と照らし合わせることでわかるということかな)については、ストーリーを整理した上で一般向けに体裁を整える。その一方で、佐藤さんの言い方に倣うと「シグナル」をちゃんと入れておくというところでしょうか。そういえば、第5章に気になる記述があるのだけれど、それはおそらく私の気のせいでしょう。


id:moleskin:20050415:p1

ぱらぱらって読んだ印象が「落合信彦」なんですけど。
(略)
たしかに面白い本ではありますが、ノンフィクションとしてはどうかと。


[connect24h:8997] 読書感想文:国家の罠:『国家の罠』とoffice氏事件(via id:yomoyomo:20050509:office)


四連荘:とてつもなく面白い『国家の罠』(佐藤優著、新潮社): KHの日記どうして国策捜査は行われたか(とてつもなく面白い『国家の罠』2) : KHの日記突然の国策捜査の終了(とてつもなく面白い『国家の罠』3): KHの日記佐藤優の精神的強さの源は何か(とてつもなく面白い『国家の罠』4): KHの日記


http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html(3月29日):鈴木宗男氏の日記


http://www.eda-k.net/chokugen/202.html江田憲司元総理秘書官の日記


国策捜査と小泉改革の本質 - 雑種路線でいこう
id:chem-duck:20050505#p2
id:da-yoshi:20050426#p3
http://blog.livedoor.jp/zentoku2246/archives/20285320.html
佐藤優『国家の罠』新潮社: 見物人の論理
佐藤優著『国家の罠』を読んで(via id:eirene:20050417#p1)
真の愛国者とは。「国家の罠」から : ニュースの現場で考えること北方領土が遠くなる : ニュースの現場で考えること
ヒートの情報倉庫:「国家の罠」…佐藤優(著)
http://makimo.to/2ch/news_newsplus/1013/1013016879.html(>>634,659-724のD5120-4SWC-Iとid:xWYgEN8Fの虚実ない交ぜのやりとり)
http://www5.hokkaido-np.co.jp/seiji/suzuki-kyojitsu/(特にhttp://www5.hokkaido-np.co.jp/seiji/suzuki-kyojitsu/5/3.html):鈴木宗男氏についての北海道新聞の連載(via id:sava95:20050424#p2)
『国家の罠』のひどい感想を書くよ。 - NGM+その他の欲望
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624国家の罠・佐藤優カテゴリ内各エントリ(※取り上げていただきありがとうございました。)
http://d.hatena.ne.jp/ijustiH/20060508/1147097823


佐藤優氏理解のために

なぜ私は生きているか―J・L・フロマートカ自伝の訳者(佐藤優)あとがきより

(略)大学院神学研究科修了後も教会教職者(牧師)の道を進まずに外交官を志望したのも、フロマートカが(ママ)「キリストを信ずる者こそがこの世界を他の誰よりもリアルに理解できる」、「われわれが活動するフィールドは、この世界である」との囁きにそそのかされたという点も排除できない。(p.191)

佐藤氏の修論は『ヨゼフ・ルクル・フロマートカの共産主義観、現代東ヨーロッパにおけるプロテスタント神学展開の一考察』(1985年)。

特許検索

日経「特許庁、特許データ効率よく検索・審査官の技公開」より

 特許庁は過去に特許出願された発明をデータベースから効率よく探すための手法をホームページで公開した。発明に新規性があるかどうかを判断するために過去の事例を調べる時に、特許庁の審査官が使う検索方法などを掲載。企業の研究開発や特許出願の効率化に役立ててもらう。

 検索ノウハウは「特許検索ガイドブック」の名称でホームページに掲載。

弱みにつけ込む

読売「暴行牧師「アトピー治る」と神格化、うわさで信者獲得」より

 京都府八幡市の「聖神中央教会」主管牧師金保容疑者(61)による少女暴行事件で、「アトピー性皮膚炎が治った」という金容疑者の“奇跡”のうわさが口コミで広まり、教会側が多数の信者を獲得していったことが9日、複数の脱会信者の証言でわかった。

 金容疑者は日ごろ、「信仰が足りないと治らない」などと説教し、信者は信仰心を疑われないよう、治ってもいないのに「治った」と言うようになったという。府警は、こうした評判が「金容疑者の神格化」につながり、事件に至ったとみている。

こういうのは(本当だとすれば)ひどい。けどこの教団に限った話じゃなさそうな気がする。

内田先生:コンテンツとマナー

Archives - 内田樹の研究室より

言っている「コンテンツ」には特に破綻がない場合でも、メッセージをつたえるときの「マナー」が「コンテンツ」を理解しようとする受信者の意欲を致命的に損なうということはありうる。

たしかに。そして逆に、コンテンツが破綻しまくっていてもマナーに受信者が押し切られている場合もある。